2007 年 11 月の高原日記
2007-11-03(土) 晴 ヒュッテ → 三合庵 気温(最低= ℃、最高= ℃)
晩秋のヒュッテは本当に静かです。
今の時期は、辺り(あたり)に本当に人影が少なく
ヒュッテの前の、美しい星座の名前が付いた
幅広い道を通る人の数も、
一日にほんの2〜3人。
そう・・・・・・一日経っても
ヒュッテの前を誰も通らない日などは
空気がとても澄んでいて
そよと過ぎ去って行く
白樺色の風の音も
「カサリ」と・・・・・・耳の奥の方で
鳴る様な気さえ致します。
2007-11-04(土) 晴 三合庵 気温(最低= ℃、最高= ℃)
改めて、都内の自宅の名称を「三合庵」としてみてヨカッタと思う。
以前は、自宅(都内) などとしていたのであるが、この方が自分の気持ちにはピッタリしたものがあるような気がする。
ところで・・・・・・この 「三合庵」 という名称であるが、これは、言わずもがなの 「ついの棲家ぞ雪五尺」 の良寛さんの 「五合庵」 から拝借したものである。
なるほど、僕は良寛禅師などと比べると、彼の爪の垢にも足りない男だが、彼が大好きな事に懸けては、ひとにあまり引けをとらないのではないかと思う。でも、「かのイホリ」 と 「わがイホリ」 を比べると、誰が見ても 「わがイホリ」 は 「かのイホリ」 より遥かに堕落した棲家である・・・・・・改めて、「三合庵」 とした所以である。
ここで、ふと思った。
到底、かの 「五合庵」 の半分にも満たない・・・・・という意味で 「二合庵」 の方がいいのではないかナ・・・・・・って????うん・・・・・・イイネ、この方が・・・・・!!
2007-11-21(水) 晴 千両庵 気温(最低= ℃、最高= ℃)
ここの所、東京の自宅の愛称を何にするかと言う事で、幾つかの案が浮かんできている。
今月の月始めにも、三合庵を二合庵にしては・・・・・・と考えたばかりなのに、今朝は今朝で・・・・・・家の周囲の掃除をしながら、ふと、千両庵はどうだろう?・・・・・・などと思ったりしている。
ところで、この千両庵であるが・・・・・・今は昔、お大尽(大金持ち)が建てる大枚黄金千両を投じて建てる、御殿のような立派な家を 『千両屋敷』 などと読んでいたが、ここで言う・・・・・・我が家の 『千両庵』 は・・・・・・そんな大それたものとは全く異なり・・・・・・『わが宿にいささむら竹吹く風の』 的な・・・・・・『わがいほに、いささ千両吹く風の』・・・・・・という、ささやかなものであるのに過ぎない。
それでは、わが家の場合は・・・・・・なぜ 千両! なのか?!
と、問われる御仁も、いらっしゃるかもしれない・・・・・・それでは・・・・・・そうお考えになる方々の為に、その経緯(いきさつ)を、説明して進ぜよう・・・・・・!!
ホレ・・・・・・
写真は、晩秋から春たけなわの頃まで、東京の自宅の玄関前を、美しい赤と緑のコントラストで飾って呉れる千両である。
・・・・・僕は、この美しい千両が大好きである。
玄関先、門の内側の一株
玄関脇、倉庫の前の一株
こんな具合に、筆者自身が大好きな ゼンリョウ が沢山植わっているからだという事に過ぎない!!お分かりかな・・・・・・?
チョン!
2007-11-09(金) 晴 ヒュッテ 気温(最低= ℃、最高= ℃)
高校時代、都立第五商業高校3年G組時代のクラス会。
2007-11-10(土) 晴 ヒュッテ 気温(最低= ℃、最高= ℃)
昭和23年、中野区立桃園第3小学校6年5組時代のクラス会。
2007-11-21(水) 晴 ヒュッテ 気温(最低= ℃、最高= ℃)
改めて、「一日一行の日記を付け続ける!」ことすら、
どんなに難しいかを、沁み々々と感じさせられた。気が付けば、今日も・・・・今の時刻は(22日の)、もう午前4時・・・・・
サア・・・・・・もう寝なくちゃ〜〜!!
気が付けば、高原野菜畠も初冬の装い。・・・・・・ついこの間まで、
青々と拡がっていた高原野菜の絨毯も姿を消し
畑の中の細い道を縁取る雑草が僅かに蒼い静かな午後
眠たげな淡い空に、ポッカリと浮かぶ雲ひとつ
耳を澄ましても、風の音は無く
火照った頬に澄んだ空気がヒンヤリと心地よい何んたる事
噎せ返るような草いきれも今は無く
直ぐ目の前の畠に静かに翳を落とす白樺の影も
いつの間にか、淋しげに
眠たげな冬の訪れを口ずさんでいた・・・・
(2007-11-21 八岳晴耕 撮影)
2007-11-22(水) 曇のち晴 ヒュッテ 気温(最低= ℃、最高= ℃)
朝、ダイニングのカーテンを開けたら、庭が雪で白くなっていた。
初雪である。