2001 年 2 月の高原日記!

   

2001-02-01(木)    晴      自宅

 新宿のヨドバシカメラからの帰り道、マルイの角のところで、英語の達人の佐藤さんにバッタリと出会い
 「やあ、やあ、やあ!」
 「ウワー、おや、おや、おや!」
 と握手を交わした。

 佐藤さんは、僕の大先輩で、兎に角、目茶苦茶に英語の上手い達人級の人である。
 ・・・・今日は、僕も急いでいたので、ほんの1〜2分、街角で立ち話をしただけであったが、夜、メールボックスを開いてみたら、その佐藤さんからメールが届いていて・・・・
 「あの後、もう一度、マルイの方に行ったら、同じ場所で、今度は鈴木さんに出会いました」
 というメールが届いていた。
 鈴木さんというのは、僕と同じ日に、あのS社に入った人で、イタリア語の名手・・・・
 僕が ”トッポジージョ”とあだ名をつけていた心優しき紳士である。
 ・・・・このジージョ氏と僕は、性格が正反対の二人だったけど、兎に角、よく話をしたもので、彼の結婚式に僕が招待されて、出席したら、外国部の連中に
 「アレー、どうして、あなたがここにいるの〜?」
 と目を丸くされた記憶がある。
 ・・・・その驚きの中には、性格がそれほど対照的だった僕が、その場に招待されていた意外性が、ある程度は含まれていたのではないかと思うが、如何なものであろうか?

 本当の世の中って、不思議だと思います。

   

   
2000-02-03(土)       晴        自宅

 にゃんこちゃまよりメールが届いた。
 読んでみると、「この度、HPを開いたが、リンクを張る相手がいないので、(筆者の)HPにリンクを張らさせていただきました。・・・・悪しからず・・・・」という内容のものである。

 早速、彼女のHPを見に行ったが、如何にも彼女らしいサイトである。
 自作のドレスのページがあったり、ビーズ作品のコーナーがあったりで、やはり女性のHPである。
 その一方で、日記の内容が可笑しかったので、すぐに逆リンクを張り、こんな紹介文を入れてみた。
 「僕の友人のお姉さまのHP。その中身たるや、玩具箱をヒックリ返したように賑やかです。可笑しさ100%・・・・」

 時々、覗いて見ることにしましょう・・・・!!

   

   
2000-02-05(月)      曇        自宅

 ヤケに忙しい一日だった。
 NTT Card C の加入申込。
 その他の郵便物の発送・・・・・・
 現金の振り込み・・・・それに川越行き・・・・等々、兎に角、目まぐるしい一日だった。

 夜、Tea cup の 英語の chat room で、小一時間ほど駄弁っていた。

 我が家のプロバイダーは、 有線放送会社なので、インターネットに何時間坐っていても、料金が嵩む事がない・・・・それに、送信速度がアナログ回線の10倍ほどあるので、兎に角、待ち時間が少なくて楽である。

 ・・・・ところで・・・・話は変わるが、随分と日が長くなって来た。
 年末には、5時近くになると、もう真っ暗だったのに、最近では、5時半近くまで空が明るい今日この頃である。
 そのうち、シジュウカラの巣箱もキレイにして上げなくちゃ・・・・

   

   
2000-02-06(火)      曇        自宅

 午後、川公園の散歩に出掛け、南高円寺の「あろううむ」に寄って、お茶を飲みながら駄弁って来た。・・・・いつもながらの店内。丸まっちいママも、暖かい雰囲気の店内もいつもの壗である。

 帰途、1km 程の道をユックリと歩きながら、暗渠の両側の樹々を眺めて来る。
 エノキ、ナツメ、ヤナギ等々、すっかりと葉を落とした木立が何んとなく寒々とした感じを醸し出している。
 もう、立春も過ぎたというのに、冬色はまだアチコチに色濃い・・・・

 家に帰ってきて郵便箱を覗いてみたら、JRから「ジパング」倶楽部の手帳が届いていた。
 「ラッキー!」
 僕は、心の中で思わず叫んでしまった。
 ・・・・・いよいよ、65才の誕生日から、JRの旅を 20% off, 30 % off で旅することが出来るのだ・・・・・!!
 嬉しくなって、中野駅のキオスクまで列車の時刻表を買いに出掛けた。

 そして・・・・こんなに、列車の時刻表を楽しく開いたのは、何年ぶりの事だろうか!!
 ・・・・学生時代、山登りに出掛けた際、胸をワクワクさせて、時刻表を開いたものだったが、今、この新しいタイムテーブルを開けてみて、時代の移り変わりを沁み沁みと感じさせらた。

 だって、当時の普通列車は、殆どが新宿始発だったのに、この時刻表の普通列車は、その殆どが高尾駅始発だからである。
 そして・・・・当然のことながら、山行の時に僕達が一番利用した 23:55 発の夜行列車も、その姿を消していた・・・・

 時代は、本当に変わっているのである。

     

    
2000-02-07(水)      曇のち雪    自宅 → ヒュッテ  

 中央線の普通列車で小海まで、やって来た。
 ・・・・筆者は、汽車旅行が大好きである。
 特に、時刻表を片手に持った、ノンビリと走る普通列車が大好きである。
 乗車時間が長いと、疲れることも確かである。
 ・・・・でも・・・・疲れたけれど、とても楽しい旅だった。

 小海駅で列車を降り・・・・ヒュッテに帰る途中、高原のパン屋さんでバゲットを買ったら、
 「あら、今日は誕生日ですね!」
 と、レジの女性に言われて、誕生日プレゼントのケーキを、自分で選んで二つ貰ってきた。
 ケーキを貰った瞬間、嬉しくなって
 「ウワーイ!」
って手放しで喜んだら、そばにいた若い女性客が
 「こういうのって、突然、貰うと、とってもウレシイのよね・・・・!!」
と、僕の顔を見ながら、ニコニコして話しかけて来た。
  ・・・・僕は、メッチャ嬉しそうな顔をしていたらしい!!

 夜、南相木村の色平医師宅にバングラディシュのバブさんに会いに行ってきた。
 バブさんは、前から会いたいと思っていた人である。
 ・・・・早く会いたかったので、少しスピードを出し過ぎたのだろうか、雪の降りしきる中、下り道のカーブを曲がる時にスリップして、道端の雪にドン!!
  「アチャ〜ッ!!」
 と、思って、車を止めて調べてみたが、雪が柔かかった為だろうか、車は殆ど無傷・・・・!!
 かすり傷もなかったみたい・・・
 ラッキーでした・・・・・・!!

 ・・・・さて、色平宅に着き、皆さんに紹介されたあと、早速、バブさんと話をし始めたが、彼は日本語の達者な大変に面白いお医者さんである。
 ・・・・色平ドクターによると、バブさんはバングラディシュの仏教の長老の甥に当たるのだそうだが、その事に関連して、かの国のお坊様の在り方について、色々な事を尋ねてみたところ、彼の曰く・・・・
 「日本では、お坊さんが偉くなればなるほど、一般の人達がそのお坊さんに会うのがむつかしくなるが、バングラディシュでは、偉くなればなるほど、多くの一般の人達に会わなければならない・・・・」
 ・・・・のだそうである。
 「ウーン・・・・凄げえ〜〜!!」
 このひと言を聞いた瞬間、僕は唸ってしまった・・・・
 ・・・・と言うのは、それがホントの優れた聖職者のあるべき姿だと僕は思っていたからである・・・・・・!!
 65才の誕生日に初めて会ったバブさんとは、これからも色々と話をしてみよう!!

 就寝、午前2時半。
 寝る前に、寝室の窓を開けてみたら、庭一面の真白い雪の上に、青白い満月がこうこうと輝いていた。
 ・・・・こういった青白い雪景色を見るたびに、僕はルードヴィッヒ国王がエリザベートと一緒に、月夜の晩にソリにのって、雪原を走る様を想像してしまう・・・・
 ノイシュヴァンシュタイン城!!
 美しいけれど、何んと哀しい国王の一生だったのだろうか!!

   

     
2001-02-09(金)      晴       ヒュッテ     L = -15°C, H = 1°C

 午後7時、町の公民館で、将棋倶楽部の練習日。
 今日は、将棋倶楽部のアメリカ人メンバーのジェリーのお兄さんが将棋を見にきた。
 ・・・・ジェリーから
 ”This is my brother .......”
 と紹介されたので、ふた言、み言、話したら・・・・・
 ”Your English is very good.........”
 と、目を丸くしていた。
 

 午後8時、こうみ塾に出席。
 Ptylitza の話題、多数。
 皆んなが活発に討論をしているのが、とても面白かった。
 ・・・・ところで・・・・今日は和香子ちゃんが来ていた。
 ・・・・彼女は、3月で1年間のボランティア期間が過ぎてしまい、山形県に帰ってしまうらしい。
 「そいじゃ、来月の例会は、送別会にしようじゃんかい?」
 誰かが言うと・・・・
 「・・・・そうだ、そうだ・・・・そうすべえ・・・・!!」
 ・・・・こうみ塾で一番、まとまりがいいのは、飲み会の決議である。
 アッと言う間に、一発で決まってしまった。

 和香子ちゃんは、素直で美人で、とてもいい子である。
 ・・・・何んとかして、いい彼が見付かって、この町に住んで呉れるといいのだけど・・・・

   

    
2001-02-10(土)     快晴      ヒュッテ      L = -11°C, H = 2°C

 日が随分と長くなって来た。
 夕方、5時を過ぎてもまだ、辺りは明るい。
 つい、この間まで、午後5時を過ぎると、真っ暗だったのに・・・・
 それに、少しずつだけど、気温も上がって来ているようである。

 2〜3日前から、また、風邪が少しブリ返して来たようである。
 鼻の奥の方が乾き、目がシパシパし、何かものがハッキリと見えない感じがする。
 幸い、以前、福田医院で貰って来た風邪薬があったので、その薬を飲んでみた・・・・

 夜、NHK のニュースで、ホノルル沖で、愛媛県の宇和島水産高校の練習船と米原潜が衝突した事を盛んに報道していた。ホノルルを出発した練習船が航行中、船の真下から原潜が浮上して来て接触したとか、全く、常識では考えられないような事故である。
 ・・・・もと商船士官としては、いささか見逃せない事故である。

 話は変わるが、今朝、パレルモの江川先生と小山さんが軽快にワルツを踊っている夢を見た。
 パレルモなんて、もう40年も昔の事なのに、何んで、急にこんな夢をみたのだろう。
 ・・・・目が覚めたら、何んとなく、懐かしく二人の事を思い出しちゃったよ・・・・

    

2000-02-11(日)     快晴       ヒュッテ      L = -13°C, H = 2°C

  ・・・・今日も風邪気味の一日・・・・
 夕方、体がダルイので、「風とり」で外食をする。
 ・・・・そのあとで、佐久町の平安堂に松村さんが頼んで置いてくれた、「さだまさし」の「生々流転」のCD を取りに行ってきた。

 生々流転は、この CD の一番最後に入っていた。

   

2000-02-12(月)     快晴     ヒュッテ    L = -12°C, H = -3°C

 日記を見て、「誕生日お目出度う!」のメールが2通来た。
 1通は国立音大の作曲担当の花村教授、もう1通は三重県の Masayo からである。

 花村教授は、3年ほど前、ヤルヴィ・ホールで開かれたピアニスト草野氏の演奏会の後で、劇的な出会いをした教授で、Masayo は彼女の親友 Hitomi と一緒に、去年の10月にヒュッテに泊りに来た裏表のない素直な女の子である。

 僕の友人の中には、型破りの人が多い。
 その連中に言わせると、
 「・・・・自分だって型破りじゃないか・・・・!!」
 と、言う事になるようであるが・・・・教授にしても Masayo にしても、人間、自分の心に素直に生きようとすると、どうも世間の人は「型破り」というレッテルを押したがるようである。

 ・・・・そう言えば、「愚か者」の異名をとる、僕の一番好きな禅者「良寛」も型破りのお坊様だったようである。

 禅者の中には、白隠を始めとして、淙々(そうそう)たる名だたる人達が大勢いるが、僕の目から見ると、良寛坊が一番「空」に徹して生きた禅者のように思えてならない。

 何れにせよ、僕は、不知不識のうちに、自分の心に素直に、「空」に生きている人が大好きである。
 ・・・・そんな観点から見ると、教授も Masayo も、一面、そんな所がある人達なのかも知れない。

   

2000-02-13(火)       晴       ヒュッテ     L = -13°C, H = -3°C

今は自分の容量 投稿者:私の太陽  投稿日: 2月12日(月)02時08分53秒

選挙にはいきません。はっきりいってだれがだれやらわからないからです。今は自分を磨いて、
日本を背負います。でも最近フィンランドとかで農業して暮らしたいとおもっています。

  
二日程前に、このサイトの掲示板に、上のようなカキコがあったので、昨夜、次のような返事の書き込みをして置きました。・・・・返事は来るかな?

  
私の太陽様 投稿者:八岳晴耕(やたけ・せいこう) 投稿日: 2月13日(火)00時43分

ご返事ありがとうございました。
誰が誰やら分らないからです・・・・・という気持ち、よく分ります。
・・・・・
と言いますのは、私自身にも、長いことその様な状態が続いていたからです。
・・・・・
しかし、最近では、こんな私でさえも・・・・「私達にも分る政治をして呉れる人達に、政治を
して欲しい」と思う様になって来ました。
それは、どういう事かといいますと・・・・・「如何にもモットモらしい解説をつけて、政治の
中にブラックボックスを持ち込もうとする人達」ではなく、「私達一般庶民にも分るようなクリ
ーンな政治をする人達に政治をして貰いたい」と思うようになって来たからです。
・・・・・
例えば、前回、野党側が提出した「斡旋利得罪」などは、実に、政治を明るくする法案だったと
思うのですが、この法案に対して与党3党がとった態度を見ていると、何か異臭を放つドロドロ
としたブラック・ボックスを政治の中に持ち込もうとしている意図が見え見えで、与党の皆さん
の業(ごう)の深さには本当に淋しい思いをさせられたからでもあります。

こんな事を感じつつ、今の各党の動きを見ていますと、与党3党より、野党陣営のほうが、遥か
に健全な政治倫理を持ち合わせているような気がしてなりません。
・・・・・
話は変わりますが
・・・・・
今までの私は、どちらかと言いますと政治に無関心な男でしたが、今回の斡旋利得罪の一件を契
機に、私はある野党の党員になる事を決心しました。
・・・・・
それと言いますのは・・・・現在の与党、特に自民党には、自浄意識が全く欠落しているとしか 言いようがない事が分って来たからです。
・・・・・
話は変わりますが・・・・
最近の私は、友人・知人に、将来の日本を住みよい国にするために、政治に関心をもって下さい・・・・とお願いして回っています。
・・・・・
関心を持った結果、その人が、どの党の支持者になっても、それは仕方がありません!!
ただ、現在の政治のあり方が、将来の日本の姿に大きく影響する事だけは、間違いないと強く思うようになって来ていますが、貴男は、どうお考えでしょうか・・・・・??
・・・・・もし、チャンスがありましたら、貴男にも、将来の日本が、どのような国になって欲しいかを考えて頂き、次回からは選挙に行って頂けると嬉しいのですが・・・
・・・・・
無理かな?
・・・・・
では、夜も遅くなりましたので、今日はこの辺で失礼します。
・・・・・
では、オヤスミナサイ!
・・・・
  

追伸:
・・・・Finland は素晴らしい国です!
そのためでしょうか、小生は、小海町にある Finland Village のメンバーになっています
・・・・
では、又・・・・

    

     
2000-02-14(水)      晴       ヒュッテ      L =-12°C, H = 1°C

 すっかり忘れていたけど、今日はヴァレンタイン・デーだった。
 ・・・・65才のこんな僕だけど、チョコレートをプレゼントをしてくれた女性が2人もいた。
 A 子さんからのチョコレートは、今朝ぼくが歯科に出掛けたときに、彼女から貰ったものであるが、もう一つの方は夕方、町から返って来たら、玄関のドアの把手の所に、袋に入れてブラ下げてあった。
 瞬間
 「あれ、チョコレートが入っている・・・・誰からかな?」
 と、思ったけれど・・・・
・・・・袋の中には、チョコレートの他に、町の議会だよりが入っていたので、これは十中八九、管理棟の Kd さんではないかと思う。
 ・・・・おそらく、管理棟の Kd さんが、別荘の人達に「議会だより」を配りに来たついでに、チョコレートを入れていったものではないかと思う。

 ところで
 ・・・・面白い事に、二人とも少女のような女性である。

 A 子さんは、歯科の予約時間に遅れて行った僕に
 「また、今日の診察日を忘れたのかと思ってたわ・・・・」
 と言ったあと
 「ハイ!」
 と、可愛らしい紙バッグを、僕に手渡した。
 ・・・・彼女は、in her fifties だけど、 あどけない女の子のようなところがある。
 この人のそんな無邪気なところが、僕は大好きである。

 ・・・・一方の Kd さんは、もの静かな可愛らしい女性である。
 と、ここまで書いてふと気が付いた。
 「あ、いけねえ! このチョコレートの送り主が、Kd さんだとは未だ決まった訳じゃない。
 ・・・・明日、管理棟に電話をして、Kd さんに聞いてみようか?

 今、時刻は真夜中過ぎの0時半。
 ・・・・夕食後に飲んだ風邪薬のせいだろうか? ・・・・やけに眠い!

 だから、今日の日記もこれでオシマイです。

 チョン!!

    

    
2001-02-15(木)     晴      ヒュッテ     L = -16°C, H = -1°C

 午前中、管理棟の Kd さんに電話をかけたら、拓ちゃんが出た
 「・・・・あ、拓ちゃん・・・・今日、Kd さんいる?」
 と、聞くと
 「きょう彼女はお休みの日なんです・・・・」
 と言った。
 「あ、そう・・・・分った。 じゃあ、また明日でんわします・・・・」
 そう言って、僕は電話を切った。
 Kd さんに電話したのは、昨日のチョコレートのお礼を言おうと思ったからである。
 (まあ、いいや、じゃあ明日また電話してみよう・・・)
 ・・・・こんな事を考えながら、しばらくしてから、僕は昼ご飯の用意を始めた。

 午後、案内所に、「小海町の蝶」の原稿を書きに行く。
 ・・・・勿論、この原稿は、ヒュッテでも書けるのであるが、書こうとしている今回のテーマ「ルリタタハ」の採集データは、案内所に保管されている標本にアタッチされているため、それが無いと原稿にデータを記入する事ができないからである。

 さて・・・・
 案内所に出掛けて、ルリタテハの原稿を夢中になって書いていると、案内所のK夫人が
 「きのう、チョコレートを届けに行ったんだけど、居なかったので、玄関のドアの所に掛けといたんだけど・・・・」
 と、言い始めたので、僕はビックリ・・・・
 「えっ? あれは貴女だったの?」
 「あら、どしたの?・・・・そんなにビックリして・・・・」と彼女。
 「だってさあ、チョコレートが入っていた袋の中に、町の議会だよりが入っていたので、てっきり別荘管理棟の Kd さんじゃないかと思ってたからさ・・・・!」
 「あら、チョコレートの入った袋をドアに掛けた時は、勿論、議会だよりなんか入っていなかったわ・・・・そうだ、もしかしたら私が帰ったあと、誰か管理棟の人が議会だよりを袋の中に入れたんじゃないかしら?」
 「なるほど、そうか・・・ああ、よかった! だって、あとで、管理棟の Kd さんに電話を掛けて・・・・チョコレートをどうも有り難うって言おうと思っていたからさ・・・・!」
 「オホホホホホホ・・・・」
 K夫人は可笑しそうに笑った。

 夜、17 手詰めの詰め将棋を解いた。
 17 手全部が正解だった。

   

  
2001-02-16(金)      曇のち雪    ヒュッテ   L = -13°C, H = -2°C

 午後、温泉審議会に出席。
 この会は・・・・極くかいつまんで言うと、昨年発掘された温泉を何処に引くかを検討する会であるが、今日が、その第一回目・・・・
 いざ始まってみると、いささか我田引水的な議論が続出。
 約2時間ほど話しあいをしたものの、何処に収れんするかは、全く目処が立たず、会議の数を重ねて言って、十分に検討をしましょう・・・・と言う事になって解散。
 ・・・・こらから先が思いやられます。

   

2001-02-17(土)     晴      ヒュッテ     L = -12°C, H = 2°C

 明日、松原湖の氷上で、第二回松原湖氷上ラジコンカーラリーフェスティバルが開催されるが、今夜は、その前夜祭である。

 会場は、キャリフール・センター2階のホールにて・・・・
 僕は午後5時から受付の係である。

 出席者は全部で38名。
 昨年第一回大会の時は、この前夜祭をやらなかったので、今回が初めての前夜祭である。
 ・・・・それにしては、よくもまあ38名も参加者があったものである。

 観光協会長、青年部長のクリちゃん・・・・の挨拶のあと、パーティ、自己紹介と明日のレースにかける意気込み、抽選会・・・・などなどと盛り沢山のスケジュール。

 僕は、7時過ぎに中座をして、急遽、今度はフィンランド・ヴィレッジの若い男女のパーティにも出席。
 何人かの若い男女と話しをしたりして、帰宅したのは結局、午前2時過ぎ。
 ・・・・それから、風呂に入って上がったのは3時過ぎ。
 3時間睡眠のあと、明朝6時に起きて、7時からのラジコン・カーレースのエントリーの受付をしなくちゃイケナイの〜〜・・・・・!!

 「何んという忙しさだろう・・・・ッタク!!」
 とボヤいたあと、急に、ムニャムニャと一人言をいいました。

 「でもさあ、メッチャ疲れたけど、とても楽しい一日だったよね〜・・・・ファーッ、ムニャムニャムニャ・・・・」

   

   
2001-02-18(日)     快晴      ヒュッテ     L = -8°C, H = 7°C

 ビー・・・・・・・
 目覚ましの音で、目を覚ました。
 「・・・・・ン・・・・・?」
 寝ぼけまなこで、壁の時計を見ると
 「あ、イケねえ・・・6時だっ!・・・・今日はラジコン・レースの受付だア!」
 僕は、ベッドを飛びだすと、ダダダダッと階段を駆け下り
 歯を磨くと、ヒゲもそず、朝食も食べずに自動車に飛び乗り、今日のレース会場の松原湖へと急行した。

 午前9時半。
 受付を終ってみると、何んと、エントリーした選手は 72 名、車の台数は 125 台だった。
 「ウヘッ、こりゃあブッタマゲタ! 去年の倍以上の選手の数じゃんかい・・・・!!」
 ・・・・・・・3年前、憲一郎さん、立花屋の圭太さん、それから僕の3人で
 「松原湖で、僕達3人だけでもいいから、ラジコンのヨットレースが出来たらいいよね〜!」
 と、話しあったのがウソみたい・・・・!!
 ・・・・僕は、とても嬉しかった!

 さて、午前中は、気温も低くツルツルだった湖の氷も、午後になると気温も上がり、氷も解け始め、シャーベット状の雪に逆戻りしたので、選手達は物凄く大変!
 ラジコンカーのタイヤを取り換えたり、バッテリーの様子に神経を尖らせたり、歯車の調子を見たりの大騒動・・・・!!
 見ていると、本当の実車の調整のような感じでした。

 さて、午後の3時過ぎ。
 ・・・・決勝戦ともなると、観客の間のチア・アップが今まで以上に盛んになり、優勝が決まった後は・・・・デモランニングをしている優勝車めがけて雪を投げ付ける者(勿論、車に当てはしないが・・・・)がいたり、長靴で行き先を塞いだり・・・・、果ては車を拾い上げて、イジメル格好をしたりして、観客の爆笑を誘うこと暫し。
 ・・・とても楽しいレースの一日でした。

 ・・・・そして、午後7時過ぎ、
 後片付けが終った後、猪名湖食堂で打ち上げ・反省会が開かれました。
 出席者はと「みおかショップ」側5名、当方、5名の計10名ほど。
    ●来年は事前エントリーにしたほうがいいのでは
    ●受付は2名では、不足。来年はあと1名ほ欲しい
 等々、色々な話題が寄せられました。

 可笑しかったのは、途中で、久里ちゃんが
 「・・・・去年と今年の大会には、小海町からは誰も出場しなかったけど、来年は、小海町からは八岳さんがエントリーを致しますので・・・・」
 等と、何回か言って、皆を笑わせていた・・・・
 ・・・・後で、僕が
 「なして、久里ちゃんは、あんなこと言っただかい?」
 と、聞いたら、何人かの人が
 「・・・・だっって、ラジコンカーが走っている時の八岳さんったら、へえ・・・・夢中になって、子供みたいな目付きで、見ていたじゃねえですかい・・・・だからだと思うだけど! な、な、そうずらい、な?」
 何人かの人は、こう言って仲間の同意を求めた。
 「ハハハハハハ・・・・・・・?」
 僕は、皆んなの態度が可笑しくて思わず大声で笑った。
     
 ・・・・来年は、もっと参加者が増えるといいんだけど・・・・!!

    

  

2001-02-19(月)     曇       ヒュッテ     L = -5°C, H = 5°C

 ・・・・兎に角、暖かい一日・・・・である。
 ・・・・でも、
 ・・・・・・・・・・
 お昼ちかくに、トイレに入っていたら、
 「ズズズズ〜ン・・・・!!」
 と、物凄い音がして、家全体が、小刻みに震えた。
 「あ、地震!!」
 ・・・・びっくりした筆者が外に出てみると、何んと、この暖かさで 50cm ほど屋根の上に積もっていた雪が、屋根の幅 10m 位にわたって・・・・雪崩のように、ずり落ちて、アッと言う間に、薪小屋に通ずる道を塞いでしまったのである。

 ・・・・と言っただけでは、皆様にはとても分り難いと思うので、その前後の写真を、縦に並べて、ご覧に入れることにしましょう・・・・・

まず、これが、屋根雪崩の前の状態で・・・


     

これが、後の状態です・・・・!!

   
 この時落ちた雪の量は大変なもので、恐らく、1.5 トン〜2トン位の重さがあったのではないかと思います。・・・・と言うのは、この雪はフワフワの新雪なんかではなく、何日間かの太陽熱で半分シャーベットのようになった思いゆきだったからである。

 ・・・・こんな雪が一挙に、薪を取りに言った僕の上に落ちてきたら・・・・と、考えると思わず背筋が寒くなった次第。
 ・・・・アー、クワバラ、クワバラ・・・・気を付けなくっちゃ!!

 ちなみに、この後、すぐに雪掃きスコップで復旧作業にとり掛かったけど、キレイにするのに2時間も掛かってしまいました。  オヤオヤオヤです!!

  
 昼御飯は、お茶漬けノリに佃煮の即席ゴハン。
 ・・・・こんなご飯でも、雪掃き2時間のあとのお腹ペコペコの僕にとっては、大のご馳走である。
 午後は、用があって、臼田町まで出掛けたついでに、フト思い付いて、そのまま、光岡駅近くの「ホビーショップとみおか」まで足を伸ばし、昨日のラジコン・フェスティバルでご協力頂いた事のお礼を言って来ました。
 ・・・・でも・・・・でも・・・・でも・・・・
 「とみおか」に着いてから、お礼をいったのは、僅かに最初の5分ほど。
 その後は、ラジコン・カーレースの話しになり、例によって例のごとし、昨日の出場者達が夢中になってレースに興じていた姿が脳裏に焼き付いていた僕は・・・・ラジコン・カーの魅力に、ますます取り付かれ、とうとう、カーレースに参加するのには、最低どのくらいの費用が掛かるのか・・・・なんて事までにも、興味を持つようになってしまいました。

 とみおかさんの話しに寄ると、このカーレースに参加するには、おおよそ・・・・9万円ほどの費用が掛かる ようである。・・・・その内訳は

 自動車本体    約 40,000.-

 変圧器      約 15,000.-

 チャージャー   約 15,000.-

 電池       約 20,000.- (70.000.- x 3 = 21,000.-)

 ・・・・だとか・・・・

   
  「そのうち、僕も、やろうかなあ〜〜〜〜」っと!
     

   

2001-02-20(火)    快晴       ヒュッテ     L = -9°C, H = 5°C

 今年、初めての卓球の練習に出掛ける。
 ・・・・氷上トライアスロン大会、ラジコン・カーフェスティバル、等々のスケジュールが詰まっていた事と、ひどい風邪で、ひどく体調を崩し・・・・・とてもじゃないけど・・・・卓球まで手が回らなかった為である。
 さて、
 驚いた事に、小海町卓球クラブでは、今年の4月1日に変更になる、新しい 40mm のピン急を前倒しして使っていました。
 新しい球は、今までの球に比べると、カットマンの僕には、扱い良さそうである。
 ・・・・これからの練習がたのしみでありんす。

    

2001-02-21(水)    晴のち晴      ヒュッテ     L = -9°C, H = 8°C

 今日、SBC の番組「見なきゃチョーそん小海町」の生放送があった。
 中継場所はキャリフール・センター。
 出演は・・・・
    ●加藤邦人さん・・・・・スケートの歴史と、観光開発。
    ●鷹野和太郎さん・・・・ワカサギ釣りとワカサギ料理。
    ●森下文夫さん・・・・・ラジコン・カーレースとラジコン・ヨット・レース。
    ●八岳晴耕・・・・・・・・森の小人プティリッツァ (Ptylitza)  。
    ●井出雄一さん・・・・・三寅劒について。
    ●上金さん・・・・・・・陶器、つる細工、等について
    ●味の会・・・・・・・・煎り豆漬けに、粕汁について。

(つづく)

  午後、7時。
 ・・・・案内所の後片付けが終ると、僕は、Re-ex ホテルに直行した。
 今夕は、ポーランドのチェリスト、マーチン・パビフさんと、小池公男夫妻、Re-ex の寺谷部長夫人の合同コンサートがあるからである。 入場料は軽食付きで、3,000円。
 ・・・・室内楽が大好きな僕は、本当に久方振りに、出掛けて見る事にした。
 30分も遅刻した僕が、会場のチャペルに着いてみると、ハイドンのピアノトリオが演奏されている所であった。・・・・僕がこの曲を聴いたのは、礼拝堂のドアの外。
 ・・・・中から聞える、ハイドンは結構、キレイにハモっていた。
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・全体的な感想としては・・・・小池夫妻、寺谷夫人のハイドンのピアノトリオはよく出来たと思うし、パビフさん・寺谷夫人の小品集は楽しかった。
 面白かったのは、パビフさんと公男さんのチェロ2重奏で、演奏前、小池さんが
 「・・・・・という訳で、これからチェロ2重奏を奏きますが、楽器の音色の違い、プロとアマでは、どれだけ腕が違うかと言う事を、お聞き願います・・・・」
 と、解説をしたあと、二人は演奏を始めたが、奏法のテクニックの問題は別として、楽器の音色の違いには本当に驚かされた次第である。
 ・・・・やはり、値段の高い楽器はいい音色を出すようである。
 ・・・・というより、いい音色を出すから、その楽器には高い値段がつくのであろう・・・・

 10時の帰宅後、食事を作っって、やっと夕食。

 本当にメッチャ忙しい一日だったけど、とても素敵な一日でした。

   

    
2001-02-23「金」    晴        HYッテ      L = -6°C, H = 7°C

 風邪はまだ、完全に治っていない。
 もう10日程も、抗生物質を飲んでいるためだろうか、体がヤケにダルイ。
 何かをやろうとしても、何んとなく、集中力の持続が効かない・・・!

 将棋の練習日。
 M三段とやって2連敗!!
 チェッ!

   

    

2001-02-24(土)    雨のち濃霧    ヒュッテ      L = -3°C, H = 10°C

 朝、目が覚めたら雨だった。

 夕方、濃霧だった。

 今日の日記はこれでオシマイ!!

  

    
2001-02-25(日)    曇時々雪のち晴   ヒュッテ     L = -10°C, H = -1°C

今日、漸く、プリンターの接続に着手することが出来た。
 ・・・・が、最後の最後の所で、ドライバーのインストールを間違え、上手く動作しないままで居る。
 あした、電話でエプソンに聞いてみる事にしよう。

   

    
2001-02-26(月)    晴        ヒュッテ     L = -15°C, H = -1°C

 朝ご飯を食べながら、ボンヤリと庭の雪を眺めていたら、ベランダの手摺りの上で真っ赤なものがチラチラ動いているのが目についた。
 (おや、何んだろう・・・・?)
 と思って、よく眺めたトタン、僕は思わず息をとめた。
 (あ、アカゲラだっ!!)
 僕は、もう一度、静かに目を凝らした。
 ・・・・手摺りの上のヒマワリの種を食べに来ているのは、まぎれもなく、今まで何回となく撮影に失敗したアカゲラの姿である。
 今までの経験から言うと、兎に角、このアカゲラは物凄く人の気配に敏感で、本当にもう何回も撮影に失敗している鳥なのである。
 (動くなっ! 木になれッ!)
 ・・・・こう心の中で叫ぶと同時に、僕は自分が木になった心境で、体の動きをピタリと止めてしまった。
 そんな事を知ってか知らないでか、このアカゲラ先生はベランダの手摺りの上で、ヒマワリの種を一生懸命に食べている。
 (シメシメ・・・・!)
 ・・・・心の中で、こう呟いた僕が、デジカメを取りに行こうと、本のチョッピリだけ体を動かした瞬間、このアカゲラは、僕の視界からパッと消えてしまったのである。
 (あーっ、チックショウメエ〜〜!)

 とは思ったものの・・・・でも、でも、でも、でも・・・・それから暫くして、
 (もしかすると、又、やって来るかも知れない)
 と考えた僕は、ダイニングテーブルの上にデジカメを置いて、食べ掛けだった食事を続けることにした。
 ・・・・ところがである。
 5分程すると、このアカゲラは又、ヒマワリの種を食べにやって来たのである。
 (シメシメ・・・・今度は上手く撮れるかもね・・・・)
 そんな事を考えつつ、デジカメの方に、腕をほんの僅かだけ手を動かした瞬間、
 このアカゲラ大統領は、又々、パッと飛び去ってしまったのである。

 「ああ、ナンタルチア! サンタルチアのああ無情!」

 ・・・・ってな具合に、臍(ホゾと読むのでありんす・・・ヘソと読んだらアキマヘン)を噛む事、3〜4回。
 でも、でも、でも・・・・ここが辛抱のしどころと、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、心頭滅却、の心意気で待つこと十数分・・・・その結果・・・・ついに・・・・撮ったのが、この写真でありなんす。

遂に撮りましたアカゲラちゃんの写真・・・・

ヘイ、やったぜベイビー、ベラマッチャ!!


部屋の中にいる筆者をトボケた顔で見詰める

Woodpecker ・・・・啄木鳥(キツツキ)ちゃん!!

この子は男かな? ・・・・女かな?
 

  

   
2001-02-27(火)     快晴     ヒュッテ       L = -15°C, H = 5°C

 ・・・・本当に久方振りに、町の卓練習に行く。
 本当は、卓球が出来ないでイライラしてたんだけど・・・・ずっと忙しかったり、風邪をひいたりしていた為、卓球に来たのは今年2回目。
 ・・・・そしたら・・・・ナント、球が 40mm の球になっていました。

 でも、どうした風の吹き回しでしょう・・・・今夜、本当に久方振りひラケットを握ったんだけど、渡辺光さんとダブルスを組んだら、全勝でした。

   

    
2001-02-28(水)     晴のち曇      ヒュッテ → 自宅

 日が伸びて来た。
 雪が溶けて、土が出てきた。
 ヒュッテの門から玄関までの小道も、ご覧の通り。

 

 ・・・・春だ、春が来た・・・・!
 嬉しくなって、家の中でピョンピョン跳びはねたあと・・・・
 ・・・・ふと、庭に目を移すと・・・・
 庭は、まだ一面に 40cm の雪!

 ・・・・春は、まだまだ遠いのかなあ・・・・?

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 JRのジパングを利用して、列車で帰京、
 鈍行列車の旅はとても楽しい・・・・
 ・・・・まあ、チョット疲れるけどさ・・・・!!